角川俳句賞2018 落選作 ご機嫌よう迎への春が来たやうだ

角川俳句賞2018

落選作

「迎への春」50句

応募総数567篇、予選通過41篇
「迎への春」は予選敗退

週刊俳句(2018.11.18付)で句評を頂きました

2018角川俳句賞「落選展」を読む(1)岡田一実

岡田さん、ありがとうございました

 

◎葉書俳句

 

◎テキスト

紅白こうはくの梅のにおへる神の里

ちょう飛んで百花ひゃっかの春となりにけり

雲水うんすいとうげゆる蝶々かな

発掘はっくつは一つとなりの春の山
  参考句:
  土を出て笑ふ埴輪はにわや春の風  加藤静夫

  発掘と言うと、
  寒暖の天候、
  土器、陶片、埴輪、発掘の小道具などですが、
  少し見方をずらそうと、
  隣の山に移動しました

日のながくなりたることを昼休

 

 

草餅くさもちのほのかにぬくし子らを待つ

春宵しゅんしょう余生よせい値千金あたいせんきん
  参考句:
  一生の楽しきころのソーダ水  富安風生とみやす ふうせい
  生涯しょうがいのいま午後何時鰯雲いわしぐも  行方克巳なめかた かつみ

 

煙突えんとつの大きな「ゆ」の字春の闇
  改訂版:
  煙突の大きな「ゆ」の字春の宵  ハードエッジ
  寒さ→時雨→春の雨→春の闇、
  と、捏ね繰り回した挙句の「春の宵」、です
  推敲過程で、一瞬、
  「春の宵」も浮んだんですが、
  前句と同じ季語なので、回避行動

  が、応募の後で読み直すと、
  やはり、大仰、不格好
  春宵の風呂屋に決着

おのづから時のち来る桜かな

満開の一点つひに花の

10」

 

引く波の砂にこするる桜貝

しべだけがひよろりと伸びし躑躅つつじかな

塩辛しおから烏賊いかかつお夏始なつはじめ

牡丹ぼうたんやどかと置かれしランドセル

飛ぶ虫にふ虫も出て梅雨つゆの入り
  改訂版:
  飛ぶ虫に腹這はらばふ虫に梅雨の入り  ハードエッジ 2018.6.9

 

 

終列車彼方に消ゆるほたるかな
  →スプートニクス『空の終列車』

羽田空港四万六千日しまんろくせんにちの晴れ
  参考句:
  四万六千日の暑さとはなりにけり  久保田万太郎
  四万六千日東京タワーにも寄りて  小池康生
  もう膨大な、山積みの暑さの中、
  浅草寺(台東区)から東京タワー(港区)に廻り、
  さて、次はどこへ?
  答えはあまりにも単純明快

  羽田空港(大田区)の広さと平べったさは、
  まさに、四万六千日を受け止めるのに、相応しいと言えます

半袖はんそで亜米利加人アメリカじん巴里祭バリーさい
  むろん、
  「パリのアメリカ人」なのであります

かみなりの近づいて来る祭笛まつりぶえ
  改案:
  祭笛吹くや雷雲あらはるる  ハードエッジ 2018.6.25
  演出工夫

裸子はだかごの中のひときはちひさな子

  別案:
  その中のひときはさき裸の子  ハードエッジ

  参考句:
  鯊釣はぜつりの子供の裸小さくて  岸本尚毅きしもと なおき

20」

 

夕立後ゆだちごの強き火使ふ夕餉ゆうげかな
  参考句:
  うぐいすやつよき火きらふもちの耳  久保田万太郎

雨だれが石にはじけて金魚玉きんぎょだま
  参考句:
  天が下雨垂あまだれ石の涼しけれ  村越化石むらこし かせき
  主役交代:
  金魚玉とり落しなば舗道ほどうの花  波多野爽波はたの そうは

壁抜けに間に合はざりしうば
  参考句:
  淋しい幽霊いくつも壁を抜けるなり  高柳重信

仕留しとめては次の間へ行く蠅叩はえたたき

蚊遣火かやりび紅一点こういってんの涼しさよ
  参考句:
  涼しさや蚊遣線香の灯一点  日野草城

 

 

すやすやと赤子ほのかに天花粉てんかふん

踏切のかんかん照りの終戦日

切株は即ち墓標ぼひょう秋の風
  参考句:
  新宿ははるかなる墓碑ぼひ鳥渡る  福永耕二

さびしさをめて秋草なに咲かそ

天高くなりにけるかも黄金こがね
  思いっきり、引っ張ってみました
  「なりにけるかも」は和歌短歌のフレーズで、
  「55DB」に俳句の登録はありませんでした
  石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも 志貴皇子
  高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも 島木赤彦
  最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも 斎藤茂吉

30」

 

童謡どうようが「あれ」と歌ふよ虫の声

虫籠むしかごつい棲家すみか茄子なす胡瓜きゅうり

菊のに神や仏の夜長よながかな
  夜長と言えば、
  相方は人や物が主流です
  人間にあるなら神仏にもあるだろう、
  と、思うのは
  一神教の関係者には許しがたいかも知れませんが、ご容赦

われの銀河なれの銀河へ重なりぬ

松手入まつていれ針千本を降らせつつ

 

 

古釘ふるくぎに柿の裸を吊しけり

包丁に林檎りんごの種が付いてをる
  林檎と言へば、
  取り敢えず、
  剥くか、齧るかで、
  実や皮を詠むのが常套です

  しかし、
  剥き終った包丁にも注目してもらいたい
  と、私は思うのであります

  切るにしろ、切らないにしろ、
  林檎の種は捨てられる運命にあります
  それでも、
  切ってしまった時は、
  おっと、作為はなかった、過失なんだ ゴメン
  と思ってしまうのは私だけでしょうか?

  ちなみに、
  「55DB」で「林檎」&「種」で検索すると、
  ヒット=ゼロでした(この句以外)

  梨では水分が多いので、
  種は付きにくいと思います

玄関にブーツをきて立ち上る

ギター背に枯木の中を帰りけり

緑濃きところは捨ててねぎ白し

40」

 

化ける気もなくて海鼠なまこのままでゐる

十二月三十一日きたりけり

ゆく年の窓開けてみる直ぐ閉める

国家とは大いなる家初御空はつみそら

松がつがひではず初雀はつすずめ

 

 

静かさや猫も寝てゐる寝正月ねしょうがつ

年号の来年変る炬燵こたつかな

太陽と同じ丸顔雪達磨ゆきだるま

紫雲英田れんげたに遊んでくれてありがたう

機嫌きげんようむかへの春が来たやうだ
  一般に、
  春は待つものと思われています
  たまには、
  そっちから来たらどうなんだ、と傲慢な句にしました

  元ネタがあります
  映画や小説にもよくある奴←『王子と乞食』とか
  「迎えが来たようだ。
  実は私は野良ではなかったのだ。
  騙してすまなかった。楽しい1日であったぞ。」
  →ボケて

以上50句

 

◎推敲過程 葉書 32p

pdf_20180608(1)

 

 

◎推敲過程 A4 51p

pdf_20180608

 

 

◎推敲過程 DB 9p

角川俳句賞2018

 

以上です