利普苑るなの句

December 15122014

 名画座の隣は八百屋しぐれ来る

                           利普苑るな

学に入った年(1958年)は、宇治に下宿した。まだ戦後の色合いが濃く滲んでいた時代である。宇治は茶どころとして、また平等院鳳凰堂の町として昔から有名だったが、時雨の季節ともなると、人通りも少なく寂しい町だった。町に喫茶店は一軒もなく、ミルクホールなる牛乳屋のコーナーがあるだけだった。この句は、そんな宇治のころを思い出させてくれる。暮らしたのは宇治橋の袂からすぐの県通りで、私の下宿先から三十メートルほど離れたところに、名画座ではないが小さな映画館があった。隣がどんな建物だったかは覚えていないけれど、下宿の前が豆腐屋、その隣辺りに風呂屋があったといえば、この句の世界とほぼ同じようなたたずまいだ。句は町の様子をそのまんまに詠んだものだが、こうした句は、時間が経つほどにセピア調の光沢が増してくる。俳句ならではのポエジーと言ってよいだろう。なお、作者名「利普苑るな」は「リーフェン・ルナ」と読ませる。『舵』(2014)所収。(清水哲男)


February 0522016

 雑貨屋の空の鳥籠春浅し

                           利普苑るな

と昔前にはどこの町や村にも雑貨屋があった。母は「よろずやさん」と呼んでいたが、何でもちょいとした生活用品が手に入った。今で言うスーパーのルーツみたいなものである。そんな日常の雑貨屋の軒先に鳥籠が覗いている。籠の鳥は紫外線の強さとか空の青さにやって来た春を感じている。早や囀りの気配すら見せている。立春を迎えたばかりの空気は人間の肌にはまだまだ寒い。しかし時は確実に進行する。これから私の近くの利根川周辺では「ケーン、ケーン」と雉が叫び始める。他に<主われを愛すと歌ふ新樹かな><失せやすき男の指輪きりぎりす><卓上の鳥類図鑑暮遅し>などあり。『舵』(2014)所収。(藤嶋 務)




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